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ディープ彦根

昨夜は彦根市の地域おこし協力隊員さん(移住担当の女性)と茶話会でした。

お互い移住で、彦根に来て彼女は3か月、我々は3年。それぞれ感じていることをベチャクチャ。

彦根の「ディープ」と「許容」がキーワードでした。

当地だけに限らず、古い町並みや商店街を歩くと「これが許容されているの⁉︎」と驚くことがあ

りませんか?それは、都会や画一的な量販店にはないディーブさ・個性なのですが、他の地から

入り込んだ者には理解し難いこともあります。その「許容」はどこから来るのか興味大です。

彦根市は江戸時代から続く町並みや商店街もあり、新興住宅地もあり、湖岸部もあり、山間部も

ある地域ですが、今我々が居住する古い町並み・商店街をどっぷり体感して他府県の方々に伝え

ていこう!という方向性になりました。地蔵盆、ゑびす講など古い風習も続いています。

まずは、、

ゲストハウス無我の町内の方々に協力いただき、『ご長寿さんによる人生相談』を開催します。

その土地のご長寿さんの人生観を伺って、ディープと許容を体感、もちろん自身のお悩みも解決

しましょう企画です。詳細は決まり次第お知らせしますので、お楽しみに。(のりこ)

「移住へのとりくみ」

ただいま絶賛アンケート【移住】実施中❗️ 無我を利用されるゲストさんとお話しするなかで、移住の関心度の高さを実感しています。なぜゲストハウスには、移住に関心のある人が多く集まるのか?旅や仕事をするなかで、ライフスタイルへのこだわりが研ぎ澄まされてくるのではないでしょうか。宿主も含めゲスト同士の人生観や生活観もライブで入ってくる場所がゲストハウスなのでしょう。
無我的には、早い時点で【移住】の関心度をキャッチして、彦根あるいは周辺地域の情報を提供・提案できればと考えています。データベースにして、効果的に役立てて行ければとも思っています。右往左往しながら、とりあえずやっていきますので、よろしくお願いいたします!

大雪

1月14日から大雪警報、彦根の町は真っ白です。

琵琶湖方面から真横に猛吹雪ってのも見ました。

15日になって大雪警報は解除されましたが、寒いし、雪かき必須です。

オーナー・ハジメの雪道ドライビングが想像以上に上手くて、ハンドルをとられながらも

ツルツル軽快でした。男だの~。亡き父親譲りの技なのでしょう。

何にしても無理はせず、安全にいきましょう。(のりこ)image1(1)

新年あけましておめでとうございます。

新年あけましておめでとうございます。

滋賀県彦根市に移住して、宿業を営み始めてから4回目の

お正月を迎えました。

何かSpecialなことを書こうかなと思ってみました。

が、最近「普通」であることの楽しさを感じてばかり。

普通は難しい、意外と。

でも普通の楽しさを追求したいな、と思っております。

今年もお付き合いのほど宜しくお願い致します。(のりこ)

🌾お米をたくさん食べた人(オーナー・ハジメ)は40年後、こんなに大きくなります。
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12月10日 ワークショップ開催

講師Hikida sayuri氏は東京のひな人形会社で伝統工芸職人としてお仕事されています。
海外・国内と旅行が趣味、最近では東海道を歩いて踏破し、次は中山道に挑戦中です。
旅の途中で彦根のカフェ旅Loveチャイハネとゲストハウス無我に立ち寄ったのが縁で、今回のワークショップ開催となりました。ホットチャイを飲みながら、おしゃべりしながら、木目込み人形(来年の干支・トリ)をつくりましょう。
追加でケーキなどの注文もしていただけます。是非ご参加ください!

お問い合わせ ゲストハウス無我 090-8571-5796
       旅LOVEチャイハネ 070-1761-8686
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読書会開催宣言!

通常読書とは読み手そのものなかで完結するといってよい。読書とは何か?それは活字という媒体を借りた徹底的なモノローグである。各々の中でテクストのうちに於いてモノローグの極限にまで達し月に吠える行為なのである。
にもかかわらず何故複数の読み手によって構成されている読書会なるものを開催するのか? もちろん新興宗教を立ち上げる訳でもなければ、最大公約的な価値(すなわち金儲け)を見つけ出すものでもない。我々の目的は個々のモノローグの極限から跳躍する機会を共有することである。いうなればモノローグの鎖を噛み切る機会なのだ。それは想起説を唱えたプラトンにおける「メノン」のようなものかもしれないし、初期の実存主義における「暗闇への跳躍」かもしれない。

今回話題にするのは寺山修二の「書を捨てよ街に出よう」

今から約50年前に書かれた書物である。役半世紀前にかかれた評論集であるが、その中でいかに我々と共通項をみいだせるか?あるいは、我々といかに離れているか、またあるいはどのような議論が発生するか?そして最も大切なことであるが我々の心のうちにいかなるダイアローグが発生するかである。

三周年

本日(8月15日)でゲストハウス無我に一人目のお客様が来てちょうど三年がたちます。当面の目標であった3年を何とか乗り越えたことになります。

日本から世界から数多くの一人旅の旅人さん達をお迎えしてきました。また少なからず何人かの旅人さんは、本当にありがたいことに、何回も当館を利用していただきました。

ヘルパーさんや近隣の飲食店さん、ご近所さんには助けていただくことも多く本当に感謝しております。

あまり深く考えないで勢いだけで、宿屋を始めましたが(立地とか経営方針とか?!)ひとたび走り出せば、後戻りはできません。それはあたかも「ノイラートの船」のごとく我々二人の知識、経験、能力、体力、(もともとない)知力を総動員して毎日が再構成の日々でした。

また、読書会や旅人さんの写真を撮るという私の(個人的な)趣味に予想を超えて多くの旅人さんが興味を持ってくれてうれしくおもいます。

また中には単に旅の話だけでなく、人生そのものを語ってくれる、あるは、語り口によってその人の人生の凄みを想起させる現場に何度か出合ったこともありました。

哲学者なら「実存」を垣間見たとかあるいは川端に夢中になっている文学青年であれば「魔界」に首を突っ込んだとかいうでしょう。

これこそが私の考えるゲストハウスの醍醐味であり、一人旅の旅人さん達にフレンドリーな理由なのです。

今後も一人旅の旅人さんの為の宿を続けていきます。

ヘルパーさんの体験記。

ヘルパーの体験を振り返って…

2016年春、ヘルパーとして無我のお手伝いをしていましたもときです。
この場をお借りして、この春の体験記を書きたいと思います。(もう夏ですけど。)

先に簡単な自己紹介を。
僕は滋賀生まれ、滋賀育ち。ちょっとだけ大阪に住んでいましたが、今は滋賀県で暮らしています。
ちなみに国内はあちこち行きましたが、海外には行ったことがありません。

今回、無我のヘルパーをやってみたいと思ったのは、
日本中、世界中から滋賀にやってくる人に会って、話をしてみたいという、
純粋な興味からでした。

もともと僕はゲストハウスに泊まった経験はゼロ。
そんな状態だったのでもちろん初めてのことばかり。

はじめのうちはお客様とのコミュニケーションにも苦戦。言葉の壁もやはりあり…
でも、やっていくうちに、ちょっとずつわかるようになってきて、
段々と、自然体でお客様と接することができるようになっていきました。

と、慣れた頃には春の終わり… あっという間でした。

無我でみなさんとお話ししている時間は、本当に楽しくて。
言葉の壁も工夫次第で何とかなるんだというのも、
身にしみて感じました。

第一回歴史カフェ

12月12日(土)13~15時、ゲストハウス無我で第一回歴史カフェを開催しました。

以前宿泊してくれた方やご近所の方が参加してくださり、こたつを囲んでアットホームな
雰囲気でした。
内容は、学芸員(滋賀県へ移住したばかりの坂本さん)による大正時代の
買掛帳を解読、当時と現代を照らし合わせていくものでした。
ゲストハウス準備中に当館から出てきた買掛帳。やっと日の目をあびた、オタカラのひとつです。
着物・乾物・薬など買掛帳に書いてある品目も多彩で、参加者の中には実際
子供のときお遣いで使ったことがあるといわれたご婦人(80代後半)がみえました。
御年輩の方が多かったおかげでしょうか、進行役が促さずとも、参加者の口々から
昔の記憶が語られ、あっという間の二時間でした。

今回お願いした学芸員の坂本さんは、半年ほど前に当館に宿泊していただいた方。
私がこのイベントを是非彼女に!!とこだわったのには理由がありました。
以前、私が彼女に「ウチの近くの銭湯のおばあさん体調悪いみたいで、よく休業になるのよ」と言うと

「え!それだったら、ちゃんと休んで欲しい!」

と彼女は言ったのです。
なんと優しいのでしょう。大抵の人は、後継ぎやヘルプの心配はするけれど、おばあさん側
に立った心配ができる人は私も含めいませんでした。商売としては成り立ちませんが、
お風呂我慢できるから、しっかり休んでまた元気に銭湯営業してね、というくらいの
思いやりが人間社会には必要ですね。とくに高齢化の地方 都市には。まして地域活性
を実現するのなら、彼女のような芯のある優しさが不可欠でしょう。
そんなわけで、たかがゲストハウスのイベントなんですが、こんな心根の優しい彼女に
歴史カフェの講師をお願いしたってわけでした。

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みなさん盛り上げてくださってありがとうございました。          (のりこ)

湖東三山、百済寺

湖東三山の一つ、百済寺に行きました。「ひゃくさいじ」と読むのですが、私はずっと「くだらじ」だとおもっていました・・・。
推古14年(606年)聖徳太子が百済人のために創建した近江最古級の寺院で、
最盛期の鎌倉・室町時代には300坊をもつ大寺院になり、
戦国の世となっては、織田信長に焼き討ちに遭っています。

今回私の興味をひいたのは、この寺院が石垣を残す「山城」であったことと、
「美仏(如意輪観音・聖観音の二像)」が特別拝観できることでした。
期待通りどちらも美しかったです。

歳をとるにつれ、山の手入れが行き届いているわ~、お寺の人たちの感じがイイわ~といったところに
目がいくこの頃。

紅葉はこれから見頃になり、ライトアップ(11/16~/23)もあります。

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