1994年の「ゲストハウス。」もとい「とほ宿。」

「私歯ぎしりが酷いですけど、安くあげたいので泊まらせてください。」
「嫌です。急に満室になりました」

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ということで何故か書棚から宿主が学生だった頃のとほ宿の冊子が出てきた。
普通の年齢で大学に入学してれば社会人になっていたはずだが、何故かこの時大学3回生だった。
(この後7年位大学院生と無職をしたなんて口が裂けても言えませんW)

とほ宿というのは今でもある旅人宿のグループで、伝え聞いた話だとユースホステルのアンチテーゼが起源だったらしい。
というのは、40年、50年前のユースホステルは、「アルコール禁止、タバコ禁止、紅茶でミーティング」というその当時の若者感覚ではありえない堅苦しさだったらしい。そんな今時の地域おこし系とか意識高い系に通じる偽善的雰囲気が嫌いな人達が作った宿らしい。

一方その当時の宿主といえば、女の子が多いという理由で英文学科に入学したものの、彼女を作るとかそういうレベルの高い話どころか月に二回、三回しか喋らず、時刻表にウツツをぬかしていた学生時代を送っていたW)。

大学三年生の年末年始に北海道に行くことにした。もちろん理由は「北海道のローカル線」に乗るためだ。年末朝四時から野菜を洗うアルバイトをして貯めたなけなしのお金で特急「日本海」と青函トンネルを走る「海峡」に乗って渡道(死語w)したのだ。宿なんてどうでもよくて夜行列車で夜を過ごし、2,3日に一回位はビジネスホテルに泊まるつもりだった。青函トンネルを走る海峡では、三十歳位の人が声をかけてきた。現在、電車に乗って見知らぬ他人に声をかけることはあまりしないがこの時は、みんなが声を掛け合ったりしていた。その三十歳くらいの人は、自称旅の「ベテラン」らしく色々、旅の講釈を、もとい色々旅の知識を教えていただいたように記憶している。

そんなオッサンに強制的に進められたの「とほ宿」なのだ。若き宿主は、「ビジネスホテル」という言葉を発した瞬間、発狂したかのように「ビジホ」がいかに面白くないかという話を延々として、「とほ宿」はいかに面白いという話を延々と聞かされ、とほ宿の冊子を頂いた。

 

今と違って素直な宿主は、その言葉を真に受け、というか値段の安さが気に入りどこかの宿に言った気がする。どこに宿泊したかというのは完全に忘れている。ただよく覚えているのは、同じ年位の女の子と二時間ほどしゃべり、(たぶん大学三年間で女の子としゃべった総量よりも多い、んあ)で事もあろうにお酒に酔ってセクハラまがいのことをしたこととネコのバランス感覚を試すために猫をロフトから放り投げてキチンと着地するかどうか試して、オーナーさんにこっぴどく怒られたこと。(いやすいません反省しています。最低の客やなワシ)

まあ、書いているうちに恥ずかしくなってきたけど、旅人宿デビューはこれが顛末だったように記憶している。旅の教訓は「お酒は飲んでもなまれるな!」と「動物虐待はイケナイ」ということになるのだが、その当時、20年後の宿主の職業になるとおもいもよらなかった。(だってワケワカラン客は来るし、24時間休みなしだし、客単価は異常な安さということは、客の立場からもわかっていたもの・・・。)

 

 

 

 

 

 


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